キャラ設定
最近 “キャラ” についてめちゃくちゃ興味がある。
昔、学校とか職場でちょっとふざけたときに、
何キャラやねん!
とか言われたりして、当時は「鬱陶しいなあ」と思ったりしていた。
けど最近、「何キャラやねん」ってむちゃくちゃ深い “問い” やということに気がついた。
みんなそれぞれキャラを持ってて、でもそれはひとつではなくて、属するコミュニティごとに違ってたりする。
使い分けてるって言ってもいいかも。
で、それぞれのキャラが違いすぎてたりすると叩かれたり不振に思われたりする。
「大学デビュー」とかもそう。
でもあれって、大学行ってからキャラ変したかのように言われるけど、
本人は特に変わっておらず、新しい仲間の中の自分の役割に応じてキャラが自然と決まってしまったっていうパターンも結構多いと思う。
よほど我が道を生きる人じゃない限り多少そうなっちゃうんじゃないかな。
そんな中、昨日、とある尊敬する人物と飲んでいて、面白い話になった。
その人が言うには、人は3つのキャラを持っている。
①社会的なキャラ
②通常のキャラ
③性格
①が職場や学校など、公向けのキャラで、②が自宅などプライベートのキャラ。
そして、③はその人がもつ根本的な性格。
そして、これらが一本筋が通っている(ように見える)方が、高感度が上がり、信頼感も増すのだそう。
信頼が増すなんて言われても、筋が通るようにキャラ作るのしんどいやんて思いますよね?
また、100歩譲ってキャラは作れたとしても、3つ目の性格は変えようがないから、
どのみちその3つが一本筋通るなんて無理無理!って思いますよね?
ところがどっこい、性格は変わるそうです。
性格っていうのは後天的なもので、振る舞いによって変化するんだとか。
だから、①、②がある程度整合していて、それに応じた振る舞いをしていれば、自然とそのように性格も変わっていく。
つまり、なりたい自分像があるなら、最初は多少 “演じる” みたいな感じになっても、
最終的には性格ですらなりたい自分になれるということ!
これは朗報やね!
そうやってある程度キャラができれば、たまーにもともとの性格が出てしまったとしても、
今度はそれが「ギャップ」としてポジティブに捉えられちゃったりするから、良いサイクルが周り出す。
よし、なりたい自分になろう。