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おかえり

 
この記事を書いている人 - WRITER -
K(ケイ)  1989年生まれ 経営者であり、士業であり、夫でありパパです 家族と滋賀県とお酒が大好きです。
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我が家に家族が加わった。

と言っても、待ちに待った候補生がようやく正式加入した感じ。

 

よくわからないと思うので少々お付き合いください。

 

 

さて、時は遡り今年1月、

久保家に2人目の子が生まれた。

「乙采(おと)」という名前の女の子。

 

でも先天性の心疾患が見つかり、すぐに大阪の大きな病院へ搬送された。

 

病名は『左心低形成症候群』

 

すごく簡単に説明しますと、

心臓には4つ部屋があるんですが、そのうちカラダ全体に血液を送るポンプの役割をしているめちゃくちゃ大事な部屋が、ものすごく小さいという病気です。

 

もちろんこのまま放っておけば生き続けることはできず、早急に対応が必要。

さらに乙采の場合は状態が悪く、搬送されたその日に応急処置的な手術をすることになった。

 

生後3日くらいの子が、胸を開けるってのはホント耐えきれなかった。

手術室に運ばれる時は涙が止まらんかった。

 

 

そこから約4ヶ月、たった4ヶ月やけど、とても長い病院での闘病生活が始まった。

 

ちょうどコロナと重なり、面会も制限された中での入院生活だったため、

本人はもちろん、ボクたち親にとってもめちゃくちゃ辛い期間やった。

 

緊急事態宣言が発令されてからは、もちろん面会禁止。

解除されてからも1日20分だけという、病院まで往復3時間かかるボクたちにとってはべらぼうに短い時間。

ボクもしんどかったし、嫁さんも本当に辛かったと思う。

 

でもなんとか次の手術に進めるだけの体重にもってくることができて、生後約3ヶ月弱経った4月23日、

おそらくこれから受けるであろう手術の中で一番大きな、『Norwood(ノーウッド)手術』というものを受けることになった。

 

手術の前にはお医者さんからの説明があって、手術に関する具体的な内容を聞くことができる。

事前にCTをとっており、乙采の心臓と全く同じ大きさ・形の模型を見ながら話をした。

 

まずはその小ささに驚愕した。拳よりもはるかに小さかった。

あと、細かい手術の内容は置いておいて、”一度心臓を止めて人工心肺につなぐ” というトリッキーさにただただ愕然とし、不安が募った。

 

でも、入院している国立循環器病研究センターの先生は、素人目に見ても本当に優秀そうだった。

すべてを託すことにした。

 

11時間に及ぶ戦いを経て、手術は無事成功。

術前に色々と懸念されていたこともすべてクリアになった。

先生、本当にありがとう。

 

そこからおよそ1ヶ月半たった6月6日、

ようやく退院の日を迎えることができた。

 

鼻に酸素チューブをつけなければいけなかったり、飲むミルクの量の上限が決められていたりなど、

制限はむちゃくちゃ多いけど、とにかく一緒に暮らせることが幸せでしょうがない。

 

想像していた通り、生活は入院しているときより色んな意味で大変。

特に上の子はまだ2歳やから、全然状況がつかめない中、親が下の子ばかり見るのでストレス溜まってそうな感じ。

ボクらはそのケアもしないとといけないけど、平日を中心にその負担の多くは嫁さんが負ってくれているので、もう感謝しかない。

 

これからまだ手術は2~3回続き、長~い戦いになるけれど、乙采なら、ボクたちなら、絶対に乗り越えられると思う。

 

こういう闘病生活で、ボクら家族の中だけでなく、両親とか兄弟とか仕事のパートナーとか、

もっと大きな輪の人たちへの感謝が生まれたし、絆も強くなった気がする。

こんな経験、ない方が絶対いいけど、100歩譲ってポジティブに捉えるとすごくいい経験になった。

 

ちょうど今の時期、コロナの影響もあって、辛い想いをしている人がたくさんいると思う。

でも大丈夫や。なんとかなる。

 

まだまだこれからや。

今できることを精一杯やろう。

きっとよくなる。

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